私がその本と出会ったのは今から2年前、平成26年秋のことで、Y新聞1面下段の広告欄の本の題名に目が釘付けになりました。…『食べない人たち』。
これより以前、もう10数年前になると思いますが、兵庫県のあるところに物を食べずに生きている人がいるという話を聞いたことがありました。その時はまだそれほどの関心もなく、また余り信憑性のある話とは思っていませんでした。
しかし、新聞1面の広告に「食べない人」に関する本の紹介が載っているのを目の当たりにして、どうしても読んでみたい、その人たちを知りたいという衝動に駆られました。
その本は、秋山佳胤、森美智代、山田鷹夫各氏の共著ですが、物も水も摂らないという話、1日に青汁1杯というお話であります。
本に書かれていることが果たして本当なのか、疑いを差し挟むような方々でないことはお話の内容から伝わってきてはいたのですが、さらにこの本の中で紹介されていたジャスムヒーンさんの書かれた『リヴィング・オン・ライト』も併せて読ませて頂きました。
私自身、修行が遅々として進まない苛立ちと、それを打破したいという思いも正直ありましたが、興味のあることは自分でしなければ気が済まないこともあって、とにかく挑戦をすることにしました。
ただ、修行道場で生活しているといった自分の置かれている状況からは、一足飛びに「食べない」生活に入ることには無理がありましたので、本にも紹介されていた「少食」をまずは目指しました。
朝のお粥は1口だけにして、あとは塩もみの野菜を少々、昼は白米のごはん1口と味噌汁、あとは僅かな野菜のおかず、夜も基本的には昼と同程度です。
そんな食生活をとにかくひと月ほど続けていると、空腹感はかえって心地よく、食べることの方が煩わしくさえ思われました。
そしてそのような生活の中で見えてきたのは、私たちの生活のかなりの部分が「食べる」ことに費やされているということでした。
朝ごはんから始まって、何を食べようか、美味しいものはないか、健康にいいものは何かないか等々、1日中、頭の中は食べることでいっぱいになっている…。
実はそこから解放されるということがどれほど気分のいいものか、自分の中では革命的でありました。
結局、体重が一気に落ち込み、周りの人から心配をされたこともありますが、法事の後のお膳や、人とのお付き合いなどもあって、「食べない人」に突き進むことは断念しました。
それから2年ほど経過して、日常生活の中で少食を意識するようにはなりましたが、食べるときには食べるという生活に戻っています。
ただ、自分も「食べない人」になれるのではないかという期待がまだ心の奥底にあって、いつかその時が来たら、再び挑戦したいと秘かに思っているのです。