永源寺で出家をさせて頂いた私は、その年の春、永平寺の修行に出させて頂きました。
そして、二年間の永平寺の修行を終えて再び永源寺に戻らせて頂いたその年の秋、豊楽寺方丈様を法幢師(法戦式を勤めさせて頂く際の導師)として、首座法戦式(修行僧のリーダーとして、他の修行僧と佛法の義について論じ合う式)を勤めさせて頂くこととなりました。
この式には昔から伝えられてきた色々な作法があり、その中に「拈竹箆(ねんしっぺい)」という一幕があります。これは竹箆(しっぺい。三尺ほどの竹の棒。修行僧に対して佛法を説き示し、導く際に用いる)を目八分に捧げて口上を述べるのですが、その口上の中に「這箇は是れ三尺の黒蚖蛇(これは三尺の黒い蛇)…」という比喩が出てきます。私はこの口上を覚えるために、日常生活の中のあちこちで「三尺の黒蚖蛇、三尺の黒蚖蛇…」と、それを繰り返し練習していました。
そして法戦式も迫ったある日のこと、寺内に供えるヘダラ(佛さまにお供えする常緑樹)を取りにお寺の裏山に出かけた際、山の中で三尺(九十センチ)ほどの黒い蛇に出会いました。その蛇は、ヘダラを束ね、山の湧水でその切り口を湿らせた後、いよいよ山を下りようとした時にふと山の中腹に現われ、その後、山道を下っていく折々に姿を見せるのです。
そして途中一休みして再び寺に向かうと、その蛇の姿が見えなくなり、私は山に戻ったのかなと思っていましたが、さてお寺に帰り着き、本堂の前でヘダラの束をほどいていると、何と本堂の上り階段を先ほどの黒い蛇が横にすっと歩いていく姿を見せたのです。
だとすると、一休みした折にヘダラの束に身を隠し、私と共に山を下りてきたとしか考えられません。
その頃ちょうど山に住んでいた「三尺の黒蚖蛇」が私のお唱えにお付き合いをしてくれたのでしょうか、何とも不思議で、有り難い気持ちがしたものでした。