樸堂コトノハ

− 等身大の佛教 −

あと一本 – 不思議な思い出 2 –

今から二十数年前、兵庫県養父市八鹿町の永源寺で出家得度をさせて頂いて、僧侶になったばかりの駆け出しの頃の話です。

毎朝、起床して洗面等を済ませると、朝課(朝のお勤め)の準備をさせて頂くのが下の者の役目です。たしか十七か所だったと記憶していますが、佛さまや位牌堂などそれぞれの場所の蝋燭に灯をつけ、お線香を立てて、お茶のお供えをしていきます。

そのお線香、朝の忙しい時間ですので、大雑把に十七本ほどの分量をつかんで一度に火をつければよいと教えられてそのようにしていると、慣れてくるにしたがってほぼ一、二本の違いしかなくなってきます。

それでも、ぴったり十七本のお線香を手にすることができる日もあって、そんな時は何となく気持ちがいい。

そしてそんなある日のこと、ざっとお線香をつかんだ瞬間に「あと一本」という声が体の内にはっきりと聞こえてきました。本当にはっきりした声で、一体、どこから声がしたんだろうと思いながらもその声に従ってお線香を一本足して火をつけ、すべて立て終わってみると、たしかにぴったり十七本であったのです。

その翌日からは、お線香を手にするたびにまたどこからか声が聞こえてくるのではないかと期待まじりに待ち構えていましたが、もうそれ以来、一本多かろうが少なかろうが、一度たりとも謎の声は聞こえてきませんでした。

それから二十数年、今では妙性寺の朝課の準備は十四本のお線香ですが、お線香を手に取ると大体十四本で、不思議な声は聞こえてきませんが、目と手が本数を覚えているように思われます。

昔は、もう一度あの声を聞きたいとお線香を手にするたびに思っていましたが、あれはとても忙しかったあの頃の私に対する一度きりの佛さまのプレゼントだったのか…。

それとも、外から聞こえてきた声のようではありましたが、実は私の目と、手の感触がその声を発したのではないかとも思えるのです。

あと一本 – 不思議な思い出 2 –